最高裁判所第二小法廷 昭和50年(あ)1563号 判決 1976年2月06日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人長谷川靖晃の上告趣意第一について
所論は、刑法二〇五条二項は憲法一四条に違反して無効であるから、被告人の本件所為に対し刑法二〇五条二項を適用した一審判決を是認した原判決は、憲法の解釈を誤ったものである旨主張する。
しかしながら、尊属に対する尊重敬愛は、社会生活上の基本的道義であって、かかる普遍的倫理の維持は刑法上の保護に値するから、尊属に対する傷害致死を通常の傷害致死に比し重く処罰する規定を設けたとしても、この差別的取扱いが直ちに合理的根拠を欠くものと断ずることはできない。この理は、本件におけるように、現に生存する配偶者の直系尊属に対する傷害致死についても妥当すると解するのが相当である。すなわち、配偶者の一方の他方の直系尊属に対する関係は、血のつながりのある自己の直系尊属に対する関係と同様に、おのずからなる敬慕と親愛の情によって結ばれるべきものであり、このことは人間自然の健全な倫理感情に立脚した道義的秩序であって、個人の尊厳と人格価値の平等を重んずる現憲法下においても、なお、刑法上自己の直系尊属に対する関係に準じて重視するに値する基盤をもつものと解すべきものなのである。
また、尊属傷害致死罪の法定刑は、極端に重いものではないのみならず、普通の傷害致死罪の法定刑に比して、刑罰加重の程度は、尊属殺人罪と普通殺人罪との間における差異のような著しいものではないから、尊属傷害致死に関する刑法二〇五条二項の規定は、合理的根拠に基づく差別的取扱いの域を出ないものであって、憲法一四条に違反するものといえないことは、当裁判所の判例(昭和四五年(あ)第一三一〇号同四八年四月四日大法廷判決・刑集二七巻三号二六五頁)の趣旨に徴し明らかである(最高裁昭和四八年(あ)第一九九七号同四九年九月二六日第一小法廷判決・刑集二八巻六号三二九頁参照)。論旨は理由がない。
同第二について
所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よって、同法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 岡原昌男 裁判官 吉田 豊 裁判官 本林 讓)